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現地レポートエボラ出血熱 ウガンダ・グル地区でのアウトブレーク
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11月4日

このエボラ病棟で働くようになって、私は多くの死者を見てきました。しかし、その死因が何であるか、納得できるものはありませんでした。それで遺体を詳細に観察してみようと思い立ち、いつもより少し早めにホテルを出て病棟の回診をしました。

今朝は2人亡くなっていました。1人は床のマット上に、もう 1人は既に白いプラスチック・バッグの中に入れられていました。

白いプラスチック・バッグのジッパーを開けると、子どもの遺体が見えました。その遺体の唇には、凝結した血液が付いていました。歯茎からの出血だったのでしょう。私はここに来て初めて出血した患者を見ました。 ベッドの頭の所には名前と年齢の書かれた札が、まだそのままかけられていました。8歳の男の子でした。

ナースステーションの向かいのエプロンをかけておく部屋の床に、見慣れないマットレスが敷いてありました。そこでは、一昨日母親を亡くしたケネス坊やが這い回っていました。ケネスを不憫に思った看護婦が、昨夜連れてきたのでしょう。

朝、出勤して来た医師のムルワーニがそれを見るなり、看護婦を叱り、ケネスをその部屋から出させました。
ナースステーションの中の皆は、シュンとして静まり返りました。

ムルワーニは皆に向かって、「今は症状がないけど、ケネスが感染していることは間違いない。ケネスをエボラ病棟の奥の部屋に移しなさい…。」と言いました。

奥の部屋に連れて行かれたケネスは、看護婦の後を追い、泣きながら、這い回っていました。

クリーナーがどんなに一生懸命にきれいにしたと言っても、そこには患者の吐物や下痢便が散乱していたし、ケネスがエボラウイルスに汚染されていることは間違いありません。しかし、人を追って這い回るケネスを止めることはできませんでした。

トリアージに来る患者の数も少しずつ減り、午前中に来た患者は10人くらいになって来ていました。数日前までは 20人以上の患者を診ていたことを考えると、 その数がずいぶんと減ったことを感じました。

その日、私はモバイルチームが連れてきた26歳の女性アイダの検診を担当しました。彼女は椅子に座っているのも辛そうで、 質問に答える声もか細く、良く聞き取れないほど弱っていました。この衰弱はエボラ出血熱患者に特有のもので、マラリアとは明らかに違っていました。彼女の唇には黒くなった古い血液がわずかに付いていました。結膜を見ると、黒目の上方に丸く滲んだような出血が見られました。それを見たモニカは、私に「これまでの経験から、このような出血の見られた患者の予後はきわめて悪かったよ」と教えてくれました。

さらに右季肋部(上腹部の肋骨の下辺り)を触れただけでも顔をしかめ、強い痛みがあることが推測されました。ほとんどのエボラ患者は、季肋部痛、肝臓部の痛みを訴えていました。肝臓の腫大のためと思われる横隔膜刺激症状のしゃっくりも多くの患者にみられていました。

私は検査結果を待たずに、彼女をエボラ病棟に入れました。

多くの患者が目の前で亡くなっていくけれども、何もできない無力な自分がこの時ほど、情けなく思ったことはありませんでした。

夕方、久しぶりにWHOオフィスでの疫学グループミーテイングに出席しました。そこでグル病院とラチョー病院との間で、患者管理に関して統制が取れないことや、医療協力に来ている多くの組織、国の間でも意識の違いがあり、混乱していることが取り上げられていました。

モニカと私はそれらを聞きながら、「私たちは必死でやっているのにね…。」と、こっそり話していました。

私は会議での言い合いが、他人事のように感じられるのを止められませんでした。休む間もなく働いてきた疲れ以上に、ここでの人々の人間関係の軋みが心に突き刺さるのを感じました。

会議の最中、突然大きな音で雷鳴が響き渡り、土砂降りの雨が降り始めました。そして、会議室の電気は消え停電。 私はここが熱帯であることを再認識しました。


写真:病棟での回診

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